2014.02.22

【Webマガジン Vol.8 – Feb., 2014】パワーレーザーとプラズマ技術を用いた新しい極限状態の科学

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コーンズテクノロジー編集部
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はじめに

人類が火という道具で、炎と光の力を手にしたとき無限の新天地が約束された。太古の人類は火を自由に操ることで夜を支配し、食に対する新たな世界を開き、さらには新しい情報伝達手段を手にした。その後、炎と光の力を享受し産業革命を経て現在に至っている。人類は、以来、その強さをどんどん高めていき、強い炎と強い光の力によって、現在、新たな世界に踏み込もうとしている。強い炎は、ロケットという手段で人類を宇宙に旅立たせ、強い光はパワーレーザーという道具で無限の世界を人類に導こうとしている。

 


大阪大学テクノアライアンス棟

 

パワーレーザーが創り出す極限状態の科学

1960年にメイマンにより発明されたレーザーは、パワーを増し今や人類が制御できるどの道具より高い圧力を発生できるなど、これまでにないエネルギー密度の高い極限の状態を実験室で可能にしている。その結果、比較的小さなエネルギーで地上に星の内部を実現したり、何も無いと思われている真空に分極を起こしたりすることも夢でなくなろうとしている。エネルギーの密度を上げることで、人類にとって未踏と思われた極限の世界を地上で探査することができる。一方、パワーレーザーで実現できる高エネルギー密度状態の応用として、レーザー核融合などが期待されている。さらにレーザー加工やレーザーピーニングといったレーザープロセスなど産業応用の分野でも既に利用されている。このようなエネルギー密度が高い状態の探査や技術応用を高エネルギー密度科学と言う。

  高エネルギー密度状態とは、明確な境界があるわけではないが、格子構造が壊れプラズマになりかける状態より大きなエネルギー密度の状態を言う。圧力にして、おそよ数10~100万気圧以上の状態に相当する。物質の状態としては、固体がプラズマになりかける中間状態から核融合燃焼を伴う超高温高密度プラズマ、飛び交う電子の速度が光の速度に近い相対論プラズマ、陽電子と電子からなる陽電子プラズマなどである。これらは、惑星内部やコア、太陽や宇宙ジェットなど地上では得られなかった極限状態である。高エネルギー密度状態の科学は、単に多くの物理過程を含んだ未開拓領域の探査だけではない。高エネルギー密度プラズマを制御することで、これまでの装置を大幅に小さくしたり新たな技術を生み出したりしている。超コンパクト荷電粒子加速器、テラヘルツからX線に至る超広帯域高輝度パルス電磁波源、コンパクトコヒーレントX線源、中性子、ガンマ線などの高輝度パルス放射線源、またこれらを利用した核変換やレーザー核融合などの原子力応用、粒子線治療装置などの医療分野、製造産業分野など世界中で精力的に研究開発がおこなわれている。

このような中で、我々はパワーレーザーとプラズマ技術を利用し極限状態を制御することで、独自の技術を生みだそうとしている。1つは、パワーレーザーを用いて超高圧状態を作り出し、これまで地上に存在しなかった新しい物質を創り出すことである。もう1つは、パワーレーザーと高密度プラズマの技術を使い、従来の加速器の100分の1以下の超コンパクト粒子加速器の実現を目指している。


図1. パワーレーザーとプラズマ技術の融合
を目指した実験プラットフォーム

 

超高圧極限状態を利用した新物質材料創生を目指して

  数10ナノ秒からピコ秒のパワーレーザーパルス光を固体表面の数µmから数100µmの小さな領域に集光するとその表面は高温高密度のプラズマが生成されアブレーションを起こし固体内部に衝撃波が伝搬する。およそ10万気圧程度の衝撃波は、材料の疲労強度を向上させたり表面硬化させたりするなど省エネルギー材料技術に利用されている。一方でその物理過程の詳細は必ずしも理解されていなく、さらなる材料開発に、新たな知見と基礎的な研究展開が期待されている。またこの圧力領域は、一般的に地上における隕石衝突で発生する衝撃波と同レベルであり、これによる物質合成に関する研究も進んでいる。圧力を上げて数100万気圧になると地球の内核状態や太陽系内の惑星内と同じような圧力領域になる。さらに、400万気圧以上の領域は、一般的にはパワーレーザーによる動的圧縮が実験室では唯一のアプローチ方法となる。そのため地球・惑星科学の観点から、パワーレーザーを利用してこの超高圧状態の相転移や状態方程式が世界的に調べられている。特に近年相次いで存在が確認されている系外地球型巨大惑星(スーパーアース)の内核を実験室に作り出せる唯一の手段として注目を集めている。

  さらにレーザーパワーを上げると1000万気圧以上の圧力が実現する。1000万気圧を超える単純な衝撃波では、断熱圧縮に伴うエントロピーの上昇によって、サンプルの加熱が避けられず、その温度は殆ど全ての固体物質の融点をこえ、液化さらにプラズマ化していく。これに対して、レーザー制御や超高圧制御を行うことで低エントロピーの動的圧縮を可能にし、超高圧状態下でありながら、固相のままの構造相転移を実現できるようになってきた。これによりこれまで地上に存在しなかった新しい固体物質の生成が実現しつつある。超高圧力状態で興味深い点は、圧力を増していくとともに、そのエネルギー密度が物質のもつ特有のエネルギー密度を超えることである。まず100万気圧は、一般的に化学結合と同程度のエネルギー密度に相当する。従来、大気圧で起こるような化学反応とは全く異なる化学反応が期待できる新しい反応場である。固相を保ちつつ圧力を上げていき3000万-1億気圧になるとすべての物質は金属化し、アルミニウムのようなものでも複雑な格子構造を示す。さらにコア電子のエネルギー密度と等しい1-3億気圧を超えると量子的な現象がマクロに現れる可能性があるが、実現するにはより一層の技術的ブレークスルーが必要な領域である。

 


図2. レーザー超高圧制御技術と極限状態を
観測するためのレーザー量子ビーム技術

 

  一方、圧力1000万気圧以上でも、温度を8000ケルビン以下に保つことができれば、より現実的で多くの新物質創生が期待できる。中でも炭素は、この領域でダイヤモンド構造からBC8(体心立方)構造というより密度の高い構造となり、さらに3000万気圧を越えるあたりからSC4(単純立方)構造になると言われている。ダイヤモンドは、BC8構造に相転移するとバンドギャップは1/10程度となり、SC4構造になるとバンドギャップは完全に潰れ金属化すると予測されている。我々は、独自のレーザー圧縮技術で、最近世界に先駆けてこのBC8構造の炭素を実現できる状態を作り出すことができ、状態量の変化による相変化を確認している。BC8構造の炭素は、ダイヤモンドより高密度の炭素半導体結晶であり、ダイヤモンドより硬いと考えられている。ダイヤモンドのように大気圧状態に取り出すことができれば、これまで地上に存在しなかった新たな省エネルギー加工材料など様々な応用が考えられるスーパーダイヤモンドとして期待できる。パワーレーザーで初めて実現できる数100万気圧以上の超高圧状態は、従来の物質固有の性質に依存した反応・相転移による構造とは全く異なる新しい物質の生成が期待できる新たな反応場である。また、このような高エネルギー密度新物質材料を開拓するために、極限的な反応場を生み出すパワーレーザー技術とその詳細を直接的に観測できる短パルス・高輝度・コヒーレントなX線自由電子レーザーの融合により極限新物質材料創成を目指した「ヘルメス計画」を進めている。