製品開発で押さえておきたいサーマルカメラの基礎 ―波長帯・方式・評価指標の基礎整理

製品にサーマルカメラを組込みたいと考えたとき、「どのカメラを選べばよいか」「どの波長が適切か」「どう評価すればよいか」といった基本的な疑問が生じます。サーマルカメラは光の波長やセンサの特性によって撮影結果が変わるため、正しく設計判断できる基礎知識が必要です。
本記事では、サーマルカメラの波長帯分類やセンサ方式の違いから、光学的・熱力学的な振る舞い、そして 空間分解能とDRI の考え方をわかりやすく整理します。これらを理解することで、要件に見合ったカメラの仕様選定や比較評価の確度が高まります。
サーマルカメラの原理と赤外線カメラの分類、サーマルカメラ再入門
サーマルカメラは、一般的なカメラ・暗視カメラ・赤外線カメラと呼ばれるカメラが撮影できる波長帯よりも長い波長帯の撮影を目的としています。サーマルカメラはどんなものかについは、こちらの別記事をまずご覧ください。赤外線カメラとサーマルカメラの違いについて、別記事中では「赤外線カメラとは赤外線を捉えることができるカメラの総称」と説明しています。より具体的にはサーマルカメラは、一般的に『赤外線カメラ』と呼称されることが多い「NIRカメラ」に加え、「SWIRカメラ」「MWIRカメラ」「LWIRカメラ」の4つに分類されます。
なお、この4分類のほかに、知っておきたいこととして、「どのような方式で赤外線を検出しているか」という点です。まず、サーマルカメラに用いられる代表的なセンサ方式を整理し、つづいて「NIRカメラ」「SWIRカメラ」「MWIRカメラ」「LWIRカメラ」ごとの特徴を見ていきます。
センサ方式の違い、光電変換型とマイクロボロメータ
サーマルカメラには、可視カメラ同様、対象とする波長の光を捉え光電変換するセンサ(photodetectors)を使用するものと、熱を捉え、熱により抵抗値が変化するマイクロボロメータ(microbolometers)を使用するものに分類されます。マイクロボロメータには、撮影対象に接触することなく温度測定を行えるものがあります。
NIRカメラ
NIRとはNear IR(近赤外)、の略で、可視光帯を撮影するカメラ(可視カメラ)よりも、若干、長い波長帯までを撮影するものです。NIRカメラに使用される素子は、可視カメラのうち通常可視カメラが撮影する380〜780nm帯よりも更に長い1,000nm近辺まで撮影する性能を持っているものが使われています。
通常、同じカメラを可視カメラとして使う場合は、その領域をカットするフィルタと組み合わされています。可視光帯は、380nmより短い方向が紫外、780nmより長いほうが赤外と呼ばれますが、いずれも可視光ではないため色として捉えることはできません。そのため、人間の目には見えない光に対して、素子が『感光』して信号をだすかどうかで画像化しており、画像としては一般にモノクロで表現されます。
前述のように780nm以上の光はほとんどの人が目視できないため、840nmや950nmといった近赤外光を発する光源を照射し、この帯域に感度を持つ撮像素子を用い、その反射光を撮影する方式が一般的に用いられています。この方法では、光源が届く範囲内にある物体からの反射光を画像として取得します。こうしたNIRカメラでは、特定波長の光を発生させやすいLEDが投光機として用いられるため、カメラ周辺にLEDが配置されていることがほとんどです。
SWIRカメラ
SWIRは Short-Wave Infrared(短波長赤外) の略で、NIRよりもさらに長い、約950〜1,700nmの波長帯を撮影対象とする方式です。SWIRカメラには、この波長帯に感度を持つ撮像素子が用いられ、素子材料としては主にInGaAs(Indium Gallium Arsenide)が使用されています。SWIRカメラをパッシブカメラとして使用するためには、何らかの形の自然光(太陽光、その反射光である月光など)が必要です。自然光がない環境で撮影するには、NIR同様、ハロゲンランプ、SWIR LEDなどその波長帯を含む投光機が必要です。
センサ性能によっては、2,200nmあたりまで撮影可能なものもあります。また、可視領域からSWIR領域まで撮影可能なセンサも存在しており、そのようなものはVisSWIRあるいはVSWIRと呼称されます。ちなみに、マイクロボロメータの場合も主にInGaAsが用いられます。なお、残念ながら当社が代理店を務めるTeledyne FLIR社にはSWIRを撮影するカメラモジュールは存在しません。
MWIRカメラ
MWIRはMiddleまたはMedium-Wave IR(中波長赤外)の略で、主に2,500〜5,600nm程度の波長帯に感度がある素子が使用されています。素子材料としてはMCT(Mercury Cadmium Telluride)、InSb(Indium Antimonide)、T2SL(InAs – Indium Arsenide + GaSb – Gallium Antimonide)などが用いられています。
MWIRカメラと一口に言っても、これらの素子材質の違いによって、MWIR内でフォーカスする波長域に違いがあります。一部のT2SLを除き、撮影を行うためには素子を冷却する必要があります。Teledyne FLIR社のMWIRカメラモジュールであるNeutrinoでは、T2SL(一部製品群はInSb)が採用されています。
MWIR Neutrinoシリーズ

LWIRカメラ
LWIRはLong-Wave IR(長波長赤外)の略で、7,500〜14,000nm程度の波長帯を撮影する素子が使用されています。素子材料としてはVOx(Vanadium – Oxyde)がメインですが、CMOSのものもあります。FLIRのLWIRカメラモジュールであるBoson ・ Boson+では、VOx マイクロボロメータが採用されています。
なお、MWIR・LWIRカメラは、NIR ・ SWIRカメラとは異なり、一切の明かりがなくとも、熱源があればそれを撮影できるのが大きな違いです。
LWIR Bosonシリーズ

SWIR・MWIR・LWIRの特徴と代表的な用途
ここまで、波長帯ごとの撮影方式やセンサ特性の違いを見てきました。これらの違いは、単に「撮れる・撮れない」を分けるだけでなく、対象物がどのように見えるか、そしてどのような用途に適しているかにも大きく影響します。以下では、各波長帯が持つ物性上の特徴と、それを活かした代表的なアプリケーションを整理します。
成分ごとの特徴的な吸収帯を利用したアプリケーションを持つSWIRカメラ
物質の中には、特定の波長の光を選択的に吸収しやすい性質『吸収帯』を持つものがあります。人体を含む多くの有機物は、SWIR帯において成分ごとに特徴的な吸収帯を持っており、この性質を利用した応用が広く知られています。代表例としては、パルスオキシメーター、血管の可視化、各種バイタルサインの測定、さらには果物の選果などが挙げられます。
暗闇や逆光環境でも対象物を捉え、非接触での温度測定も可能なLWIRカメラ
LWIRは、物体そのものから放射される熱エネルギーを検出することが主な用途となります。この特性から、暗闇や逆光環境でも対象物を捉えることが可能です。また、一部の気体にはLWIR帯に吸収帯が存在します。検出した放射エネルギーを温度情報に変換できることから、非接触での温度測定にも利用されますが、その精度は一般的な計測器レベルには及ばない点には注意が必要です。
大望遠撮影でもコントラストの高い画像のMWIRカメラ
MWIRは、SWIRとLWIRの中間的な特性を持ちつつ、LWIRと比較して湿度の影響を受けにくいという特徴があります。そのため、遠距離からの熱源検出や大望遠撮影においてもコントラストの高い画像を得ることができます。さらに、MWIR帯には複数のガス吸収帯が存在するため、特定ガスの吸収波長に合わせた光学的(バンドパス)フィルタと組み合わせることで、ガス検出用途にも多く用いられています。
波長帯の選択が左右する光学設計の考え方、光学的なふるまい
前述のように、サーマルカメラでは波長帯や検出方式によって「何が見えるか」が決まりますが、実際のシステム設計では「どのように見えるか」も同様に重要な要素となります。ここではまず、光学的な観点から整理します。
サーマルカメラと言っても、像の結び方や分解能といった光学的な振る舞い・光学設計の基本的考え方は、通常の可視カメラの考え方と同様です。撮影対象を細かく測定したいか大まかに測定したいかといった判断は、可視カメラと同じように考えます。
一方で大きく異なるのが、レンズ材料の制約です。サーマルカメラでは、測定対象とする波長帯を透過できる材料を用いる必要があります。たとえばLWIRでは、一般的な可視カメラ用レンズは使用できず、Ge(ゲルマニウム)やSiといった材料が用いられます。特にGeはSiよりも透過率が高く、LWIR用途で多く採用されています。
これに対してSWIRでは、可視カメラ用のレンズでも一定の透過率を得ることが可能です。裏を返せば、同じセンサを用いた場合でも、使用するレンズの種類によって、対象物をどれくらい細かく撮影できるかが影響を受けます。
熱として「どう見えるか」を左右する放射率の影響、熱力学的なふるまい
光学設計と並んで、サーマルカメラ特有の重要な要素が、物体がどのように熱を放射しているかという熱力学的なふるまいです。その代表的な指標が「放射率」です。
放射率は、同じ物体からであっても波長によって変化します。同じ温度を持つ物体を撮影した場合、放射率が高いものほど多くの熱を放射しており、サーマルカメラでは捉えやすくなります。一方、熱を反射しやすい物体ほど放射率は低くなります。なお、放射率の反対の概念として反射率があります。
一般に、磨かれた金属表面は放射率が低く、反射率が高くなります。そのため、同じ金属であっても、表面が酸化している部分があれば、その部分のほうがサーマルカメラ上では温度が高く見えます。また、一般に白色よりも黒色のほうが放射率は高くなります。なお、物体から放射された熱の一部は透過してしまいますが、その全体に対する割合を透過率と呼びます。放射率・反射率・透過率の関係は、『放射率+反射率+透過率=1』で表されます。
次の2枚の写真は、コーヒーの入った陶器製カップ(放射率:約0.8)に、黒体テープ(放射率:約0.9)とアルミテープ(放射率:約0.1)を貼り付け、可視カメラとサーマルカメラで撮影した例です。サーマルカメラ画像では、黒 → 寒色 → 暖色 → 白の順に温度が高く表示されています。
黒体テープとアルミテープはいずれも陶器表面に直接貼られており、実際の温度はカップ本体とほぼ同じと考えて差し支えありません。しかし、放射率の違いにより、アルミテープ部分はサーマルカメラ上では低温であるかのように見えています。また、陶器表面に印字された “indigo”(FLIRの旧社名)部分も、放射率の違いによってサーマルカメラ画像上で文字として判別できています。


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対象を捉えられるスケールと距離、空間分解能とDRI
これまで述べてきたように、サーマルカメラでは波長帯・放射率といった光学的・熱学的特性によって「どのように見えるか」が決まりますが、それと同時に重要になるのが、どれだけ細かく対象を捉えられるかという「空間分解能」の考え方です。
ある物体の温度分布を、1cm四方ごとに細かく撮影したい場合、広角レンズを使用するのであれば対象に近づいて設置する必要があり、挟角レンズを使用する場合には、ある程度距離を取って設置することになります。しかし、使用するレンズによっては、その物体の1cm四方を撮影することができないかもしれません。例えば、挟角レンズで焦点距離が長すぎると、1cm四方にフォーカスを合わせることができない、といったケースです。つまり、レンズ選定においては、「撮影対象をどのスケール(=どの程度の細かさ・空間分解能)で、どのように捉えたいのか」を意識することが重要になります。
また、可視カメラとサーマルカメラが大きく違う点の一つとして、素子材料の微細化がCMOSほど進んでいないことが挙げられます。サーマルカメラでは、いまもVGAがまだ主流であり、SXGA(1280×1024)以上はまだ高額です。このような現状もあり、サーマルカメラの1ピクセルあたりの物理サイズが大きく、同じ距離で対象を細かく捉えるには、画角を狭める必要があります。結果として、焦点距離の長いレンズが求められることになります。
最後に、サーマルカメラの場合の光学的性能を検討する際のもう一つ重要なポイントとして、『DRI』があります。そのDRIについては、FLIR社がリリースしているテクニカルノートに詳しく解説されていますが、簡単にいうと、DRIとは、対象物をどの距離で検知(D)、識別(R)、同定(I)できるかを定義する指標です。例えば、D(Detection)は素子上で1.5ピクセル以上で描写され、50%以上の確率で「そこに何かが存在する」と判断できる距離を指します。
このようにDRIを基準にすることで、用途に応じて必要なセンサ解像度やレンズ焦点距離を具体的に検討できるようになります。なお、DRIには、その対象物とそれ以外の部分との温度差として2℃以上あること、と言った条件が存在する点を留意ください。
まとめ
サーマルカメラを量産製品へ組込み検討する際には、まずサーマルカメラの原理と特性を整理し、性能要件と合致するかを比較評価することが肝要です。本稿で解説した波長帯・センサ方式・空間分解能・DRIといった考え方は、その評価フローの根幹となります。
これらの知識を踏まえることで、単純にスペックシート上の数値を見るだけではなく、用途に応じた評価と選定が可能になります。