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車室内音響評価のグローバルスタンダード|AES推奨のアコースティック測定手法入門

電動化(EV)や自動運転技術の進展に伴い、車内は単なる移動空間から、エンターテインメントやビジネスを楽しむ「第3の居住空間」へと変貌を遂げつつあります。この変革において、車室内音響の品質はユーザー体験(UX)を決定づける極めて重要な要素となっています。

本記事では、2023年にAudio Engineering Society(以下AES)が発表した最新のホワイトペーパーの指針に基づき、高精度なアコースティック測定を実現する手法と、その中核を担うAudio Precision(オーディオプレシジョン・AP)のオーディオアナライザを用いる意義について解説します。

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自動車業界における車室内音響評価の構造的課題

これまで自動車の車室内音響評価は、各OEMやTier1サプライヤーが独自に培ってきたノウハウに依存していました。しかし、現代の車両開発においては以下のような課題が顕在化しています。

測定基準や共通の認識の不在による単純比較の困難さ

業界全体で設定された測定基準・共通の認識が存在しなかったため、OEMをまたいだデータの相関性を見出すことが極めて困難でした。また、異なる車種やモデル間で「音響パフォーマンスを定量的に比較・評価する」ことができず、開発基準の策定において大きな障壁となっていました。

車室内という「非理想的な」音響測定環境

くわえて、車室内は、以下のように音響学的に極めて特殊かつ複雑な環境です。そのため、測定・評価そのものはもちろん、客観的な比較評価を難しくします。

自由音場ではない閉鎖された狭小空間:
一般的なオーディオ評価が行われる自由音場(反射のない空間)や広い会議室とは異なり、車内は非常に狭く閉じられた空間です。音速に対して空間が狭いため、反射音が極めて短い時間で戻ってきてしまい、直接音と反射音の分離が困難です。

音響特性の異なる素材の混在:
反射の強いガラス面、吸音性の高いシート材、硬いプラスチックパネルなど、音響特性の異なる素材が複雑に配置されています。

ノイズ源の多さ:
エンジン音、ロードノイズ、エアコンの動作音など、オーディオ再生を妨げる非定常なノイズ源が多数存在します。これらが複雑に絡み合うため、純粋なオーディオ性能のみを抽出して評価することが技術的に非常に難しいです。

音響学的に非理想的な車内の測定環境

このように、「この手法でやっていくと、それなりに誰が見ても信頼あるデータだよ」であったり、「どういう評価をしたんだな」ということが分かる状況ではなかったというのがこれまででした。

AESホワイトペーパーが示す車室内音響測定の標準化

「信頼できる定量的な比較評価ができない」という実態を打破するため、2023年、世界で最も権威ある音響学会の一つであるAESの自動車オーディオ技術研究会(TC-AA)が立ち上がりました。

このグループは、車載音響の最も重要なパラメーターを決定するための手法、手順、およびシステム構成を網羅した推奨事項を「ホワイトペーパー」としてまとめました。これにより、世界中の開発者が「同じ基準」でデータを語ることができる、共通言語としての測定手法が確立されたのです。

オートモーティブ向けアコースティック測定における、3つの重要指標

AESホワイトペーパーでは、車内の音響パフォーマンスを定量化するために、特に以下の3つの指標にフォーカスすることを推奨しています。

① 周波数応答(Frequency Response):
オーディオシステムを特徴付ける最も基本的かつ重要な指標です。車内のどの位置で、どの周波数の音が、どの程度の強さで聞こえるかを測定します。

② 最大音圧レベル(Maximum SPL):
アンプやスピーカーを含む音響システム全体が、歪みを許容範囲に抑えつつ、どれだけの音圧を出力できるかを測定します。ノイズキャンセリング機能との兼ね合いを評価する際にも不可欠なデータです。

③ インパルス性歪み(Impulse Distortion / Rub & Buzz):
主に歪み率を指します。ただし、一般的なTHD+N(全高調波歪率+雑音)とは異なり、車室内では極めて短い時間に発生するメカニカルな要因を含むかもしれないノイズ源になります。自動車は狭い空間に多くの機構部品が密集しています。そのため、スピーカーの振動が車体パネルや内装部品の共振を引き起こしやすいという特性があります。この際に発生する「きしみ音・ビビリ音(Rub & Buzz)」といった非定常かつ突発的なノイズを定量化することで、車両の「建付け」を含めた総合的な音響品質を評価します。

精緻な車室内評価を支えるマイクロホン

車室内という極めて特殊な空間で正確なデータを取得するためには、物理的な制約を克服するハードウェア選定と、人間の聴取環境を多角的にシミュレートした緻密な測定手法が不可欠です。

音場への影響を最小化する「1/4インチ」マイクロホンの採用

車載音響の測定において、一般的な1/2インチサイズではなく1/4インチサイズの使用が必須とされています。その理由は、測定対象となる音場を乱さないためです。

反射・回折の影響を最小化:
狭小な車内ではマイクロホン自体の物理的サイズが音響に影響を与えます。マイクロホンが音を反射・回折させて正確なデータ取得を阻害するため、機体は小さければ小さいほど有利に働きます。

低ノイズ性能との両立:
GRAS社のローノイズ・マイクロホン(GRAS 46BL-1等)などの技術革新により、かつて小型マイクロホンの課題だった自己ノイズは劇的に改善されています。この改善により、1/2インチと同等の性能で微細な音を正確に捉えることが可能です。

多チャンネル収録と「3段階ポジション」による音響特性の特定

人間の「座った時の音響特性」を正しく捉えるために、本手法ではステレオマイクロホンを縦方向に3段階の高さで配置したアレイを用い、合計6チャンネルの多チャンネル同時収録を採用しています。

多チャンネルで聴取環境の多様性を網羅:
聴取者の座高、シート角度、体格差など、実際の利用シーンにおける多様な聴取環境を一度にカバーするため、過去の研究(ヘンリー・ブラインド氏ら)に基づき規定された3つの垂直高さポジションで測定を行います。

緻密に規定された配置と向き:
この測定ポジションは、多くの計測点から得られた偏差データに基づき、最も安定したデータが得られるポイントとして高さ(垂直方向)と角度が緻密に規定されています。

多チャンネルデータの平均化による信頼性向上:
規定された各ポジションで取得した多チャンネルの膨大なデータをAudio Precisionの解析ソフトウェアで平均化(アベレージング)することで、単一ポイント測定による偏差を排除し、極めて客観性の高い車室内音響評価を可能にします。

Audio Precisionによる測定プロセスの自動化と信頼性の確保

車室内音響という極めて複雑な測定環境において、Audio Precision社製のオーディオアナライザを採用する意義は、高度な測定プロセスをパッケージ化し、測定者のスキルに依存しない再現性を担保できる点にあります。

マルチチャネルオーディオアナライザAPx58x

複雑な音響測定プロセスの「自動化」と「再現性」

車室内音響の評価には多くのステップが必要ですが、Audio Precisionではこれらがシーケンシャル(連続的)なプログラムとして専用プロジェクトファイルに集約されています。ユーザーはマイクロホンのキャリブレーション後、スタートボタンを押すという最小限の操作のみで測定を完結できます。

3つの重要指標を同時測定:
「周波数応答」「最大音圧レベル」「インパルス性歪み(Rub & Buzz)」という、車載音響に不可欠な指標を一括で取得可能です。

ヒューマンエラーの排除:
複雑な測定フローをシステム側で自動管理するため、手順の前後や設定ミスを物理的に防ぎ、速やかかつ確実な評価を実現します。

高い再現性の提供:
手順が仕組みとして固定されているため、いつ、誰が測定しても、AESホワイトペーパーの推奨事項に準拠した高精度なデータを一貫して得られるのが大きな利点です。

AES推奨の車室内音響測定のプロンプト(左:多チャンネルアナライザ・右:スイッチャ使用)

多チャンネルデータの一元管理と高度な解析処理

Audio Precisionのオーディオアナライザは、多チャンネルのマイクロホンから得られる膨大なデータを効率的に処理し、解析のリードタイムを大幅に短縮します。

シームレスなデータ集計:
6本(あるいはそれ以上)のマイクロホンから得られる周波数応答やクレストファクター(インパルス性歪みに関連)などの多角的なデータを、一度の測定で全てオーディオアナライザ内に取り込みます。

自動アベレージング(平均化)計算:
マイクロホン配置による音圧レベルのばらつきをソフトウェアが自動でポスト計算し、最終的な1本の特性曲線としてGUI上に即座に算出します。

単一プラットフォームでの完結:
測定から多チャンネルデータの集計、高度な計算処理までを同一システム内で行えるため、外部ツールへのデータ移行の手間がなく、分析精度と効率を同時に高めることが可能です。

6つのマイクロホンからの値を自動アベレージング(平均化)計算

まとめ:次世代モビリティに求められる車室内音響評価とは

スマートフォンとの連携や音声AIアシスタントの高度化、さらには車内ノイズキャンセリング技術の実装など、現代の車両において音響性能は「単なるオプション」ではなく「車両の中核性能」へと昇格しました。

欧州や中国の主要メーカーでは、すでにこのAESホワイトペーパーに基づいた評価手法が、共通言語・デファクトスタンダードとして定着しつつあります。Audio Precisionの高度なオーディオアナライザを活用し、グローバル基準に準拠した定量的な車室内音響評価体制を構築することは、次世代モビリティ開発において競争優位性を確保するための、確実な一歩となります。

「車室内音響測定・評価システム」のご紹介

Axiometrix SolutionsメンバーであるAudio Precision社とGRAS社による、AESが推奨する車室内音響測定・評価のトータルソリューションです。詳細は下記よりご覧ください。

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